マスコミの印象操作による風評被害

ニュース維新の西成区ヘイト, 西成特区構想

先日のエントリ「西成特区シンポジウムでの住民の意見」の続き的なもの。西成特区構想に関して、西成区の住民からは「マスコミ報道では、悪い報道の時だけは『西成』を過剰に強調して、区全体が悪い地域かのようなイメージを作り出している」という指摘がある。

確かにマスコミでは、「あいりん地区」の意味で「西成」の地名を使ったり、悪い報道の時だけ「西成」を過剰に強調する例も多い。例えば産経新聞の特集「大阪の教育は輝くのか」。

【大阪の教育は輝くのか(1)】路上の注射器、わいせつDVD露店の脇を登校する児童…改革・西成の教育現場(産経新聞 2012年11月10日)

10月下旬の午前7時半すぎ。ひんやりした空気が漂う大阪市西成区の小学校前で、ジャージーに長靴姿の校長が指差した先に注射器が落ちていた。「覚醒剤を打った跡ですわ。児童が拾ってくることもあるんで登校前に掃除するんですよ」

教員の朝は正門周辺の歩道の清掃から始まる。空き缶、吸い殻、段ボールに布団…。あらゆるゴミのほか人糞(じんぷん)が落ちていることもある。「夏は臭いがひどくてね」。校長はそう言って歩道に水をまき、犬の糞をほうきで押し流した。

正門の斜め前にある露店には、中古のわいせつDVDが所狭しと並べられ、日雇い仕事にあぶれたのだろうか、50歳ぐらいの男性がカップ酒を片手に品定めをしている。そのすぐ脇を児童が笑顔で登校してきた。

これはあいりん地区のど真ん中に立つ萩之茶屋小学校の話であることは、土地勘があればすぐに分かる。同じ西成区でも、他の地域ではそういう話は全くない。

覚せい剤や違法露店などはあいりん地区の問題であり、西成区全域の問題ではない。あいりん地区ではなくわざわざ「西成区」と書くことで、この記事だと区全体がそういう無法な人が集まる怖い地域のような誤解を与える。

こんな記事も。

【大阪の教育は輝くのか(2)】子に連鎖する親の自堕落と貧困…教育に即効性「難しい」(産経新聞 2012年11月10日)

大阪市西成区の市立小学校に勤務する男性教員は、登校してこない6年生の男子児童(12)の自宅マンションに迎えに行った。

ドアの向こうに何度も呼びかけたが反応がない。鍵はかかっておらず、恐る恐る部屋に入ると異臭が鼻を突いた。食卓があるかどうかも分からないほどゴミが散乱。流し台には使った食器がそのまま、食べ残しとともに積まれていた。

リビングの奥の和室に、洗濯物が取り込んだままの状態で60センチぐらいの高さに積まれている。再び呼びかけると、その山がわずかに動いた。教員が洗濯物をかき分けると、パジャマ姿の男児の姿があった。夜、子供を残して遊びに出て行ったままなのだろうか、両親の姿はなかった。

教員が出勤時、児童宅に立ち寄って連れて行くことも多い。そうしないと、不登校や、遅刻を繰り返す児童が全校の3分の1を占めるという。校長は、玄関から出てきた母親が、家の中の子供に掛けた一言に言葉を失った。「校長先生が迎えに来たで。あんた、VIP待遇やな」

【大阪の教育は輝くのか(3)】西成の塾代バウチャーの現実…教員「空中戦では解決できへん」(産経新聞 2012年11月11日)

西成特区構想で教育施策を重視する橋下市長。バウチャー事業には、家庭環境や経済的事情によって教育機会が阻害される“負の連鎖”を絶ちきり、誰もが同じスタートラインに立って競争できる社会の実現という狙いが感じ取れる。

だが地元には、不遇な環境ゆえに基礎学力をつける機会すらままならない子供たちがいる現実がある。そんな状況と日常的に向き合う教員たちは「塾通い以前の問題」が解決されないもどかしさを感じ、心の中で不満がくすぶる。

これらはネグレクトの問題や困難な家庭事情の問題は、程度の差こそあれ、日本全国どこでも起きているし起こりうる問題である。西成区固有の課題ではない。

教育や福祉の課題として必要な場合は全国どこでも取り組むべきものなのに、「西成区」を強調して西成区固有の地域問題かのようにすり替えることで本質を見失い、西成区という地域自体がどうしようもない人間が集まる無法地域かのようなでたらめな印象を与え、また解決策を誤ることになる。

こういう扱いは、地域差別と言っては言いすぎなのかもしれないが、それに近いような形で、西成区の住民や出身者に風評被害を与えることになる。

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