歴史的な旧校舎を壊しただけ:旧精華小学校跡地問題

橋下・維新文化破壊, 難波

 橋下大阪市政によって歴史的価値のある校舎を含む敷地を民間に売却し、跡地の再開発を目指した旧大阪市立精華小学校(大阪市中央区難波)。

 その跡地の再開発が頓挫していると、産経新聞2015年2月22日付(ウェブ版)に『藤山寛美もため息!?…大阪市が鳴り物入りで売却したあの精華小跡地 開発のめど立たず 購入会社資金トラブルも』が報じている。

 旧大阪市立精華小学校は、児童減少により1995年3月に閉校した。同校の旧校舎は学校教育史や建築史の観点から注目されていた昭和初期の鉄筋コンクリート造りの学校建築だった。

 現在の大阪市では明治時代から昭和初期まで学区制として、学校は市の直営ではなく、財産区としての学区が運営費用を出す方式をとっていた。大阪都心部では地域住民の寄付により、昭和初期に鉄筋コンクリート造りの校舎が次々と建てられた。

 精華小学校校舎もその一つとして、建築家・増田清が設計し、1929年に竣工した。 地上4階・地下1階建で、全館暖房やエレベーターも設置された豪華な校舎で、先進的な工夫とともに児童の教育活動にも考慮され、建築の観点からも注目されていた。

 同校校舎は戦時中の空襲でも焼け残り、戦時中市内各地に4ヶ所あったが空襲で被災して機能停止した大阪市立図書館も、戦後にこの場所から復興している。

 1995年の閉校後は小劇場や市民学習センターなどとして使用されてきたものの、橋下市政になってからの2012年12月に敷地の売却方針が決定し、翌2013年に民間に売却された。

 跡地には商業施設を作るとしたものの、校舎を解体して更地にしたあとは計画が頓挫しているという記事である。

 大阪市は、入札時の契約に反した場合は土地を買い戻すとした特約を結んでいた。しかしこれでは結局、大阪市の貴重な文化を売り払って解体を依頼しただけのような形になってしまっている。

 文化に愛着のない橋下市政の乱暴さが、また一つ浮き彫りになっている。

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