問題の本質は他人のアイデンティティを勝手に決めつけたことです

日本で生まれ育ち通名を使用していた在日韓国人の男性が、本人はその意思はないにもかかわらず勤務先の社長から韓国名の本名を使用するよう強要され精神的苦痛を受けたとして、社長を訴えた民事訴訟で、静岡地裁は4月24日、社長に約55万円の損害賠償を命じる判決を出した。(朝日新聞2015年4月24日による)

判決では、通名を使うことは男性のアイデンティティーの中核として、社長の発言は「著しく不快感を与えるもので、自己決定権及びプライバシー権を実質的に侵害する」と判断した。社長は控訴する方針だという。

判決は当然である。本人でもないのに相手に対して「在日韓国人だから韓国名を名乗って当然」と決め付け、本人が希望していないことを勝手に押し付けるのは、余計なお世話というレベルの話ではなく、もはや人格否定・人権侵害にしかならない。控訴するなど、社長は何が問題かという根本すら理解できていない様子。

社長と似たような行為をおこなうような輩は、過去にも問題になっている。高知県の小学校で、部落解放同盟の幹部が「ある教師が同和出身」と難癖をつけて騒ぎ立てたうえ、その教師に対して「部落民宣言」を強要し、本人から拒否されるとその教師や関係先に嫌がらせを繰り返した「一ツ橋小学校事件」では、解同関係者がプライバシー侵害として断罪される判決が確定している。

在日韓国人の問題に限らず、他人のアイデンティティ・プライバシーに関することに勝手にズケズケと踏み込んで、「○○地域出身だから、男性/女性だから、障害者だから…その人間は、自分の思っているようなステレオタイプ的な○○と主張したり行動するのが当然」などと決めつけて騒ぐ輩が時々いるが、そういうのには反吐が出る。しかもそういう決めつけをおこなう輩ほど、自分の思っているような「理想の○○像」に合わない人間については存在を認めずに逆切れのように攻撃するような、それこそ差別主義者としか思えないようなデリカシーに欠けるような異常な行為をする。この裁判では、そういう態度が断罪されたといっていい。