維新「西成の名前を消す最後のチャンスです」??

ツイッターでこんなツイートが流れているのを見つけた。

私自身、維新が「大阪都構想で西成区千本は中央区千本になります。この地域は閑静でいい街なのに、外からの西成区のイメージを勝手に押し付けられて嫌な思いをしてきたことだと思います。そういう間違ったイメージをなくしていくためにも中央区に名前を変えるのが大阪都構想です」と宣伝で訴えているのを目撃したことがある。

また、維新の会の辻淳子大阪市議は2015年4月の大阪市議選選挙公報で「西成区岸里が中央区岸里になる!」と打ち出し、ツイッターでもその趣旨を書いたり「西成の地名をなくしたい」と書いていた。

維新の会が「西成区の名前を消す」趣旨の宣伝をおこなっても不思議ではないし、この目撃証言は信ぴょう性が高いと感じる。

残念なことだが、西成区の北東部のごく一部にすぎないあいりん地区周辺だけを、ないしはあいりん地区に加えて北東部の飛田新地や北西部の旧同和地区も加えた地域だけを「西成」扱いして、それらの地域での否定的な現象の改善を拒否して否定的なイメージを面白おかしく言い立てるだけで、変なイメージを半永久的に固定化しようと図ったうえ、その変なイメージの象徴の代名詞として範囲の異なる地名の「西成」と騒ぎ、西成区の全く関係ない地域に悪評を押し付ける地域差別的な輩が後を絶たない。

そういう間違った「西成」イメージにこだわる者は、たいていは地元の人ではない。中には西成区出身を装ってそういうイメージを広げる輩もいないことはないが、そういうのがイメージする「西成」はたいてい花園町駅よりも北側の話である。

西成区に対して実態に反する勝手なこだわりを持っている者が、本来の地元の人に対して「ガラが悪いことや汚い街、かわいそうな生育歴ということにこだわらなければおかしい」とばかりに偏見丸出しで勝手に決めつけ、そうでない人に対して喧嘩をふっかける事例も生まれている。

先日、在日韓国人で日常生活では通名を使っている従業員が、本人はそんな気は全くないにもかかわらず、社長から「在日韓国人なら本名を名乗って当然」と決めつけられて繰り返し押し付けられようとされたことが苦痛だとして当該従業員が社長を提訴し、アイデンティティへの侵害と判断された判決が出た。また1980年代に起きた高知県の一ツ橋小学校事件では、ある教師に勝手に同和出身と難癖をつけて「部落民宣言」を強要し、本人から拒否されると本人や周辺への悪質な嫌がらせをした部落解放同盟の行為が断罪される判決が確定している。「西成」へ変なこだわりをするのは、そういうアイデンティティ侵害と同類に感じる。

西成区の特に南側、花園町・天下茶屋以南、岸里や玉出などにとっては、身に覚えもないのに勝手に変なイメージを押し付けられる形になっている。そのため西成区で生まれ育った人が悪いイメージを嫌がって、機会があればよそに転出するなどの事例も起きている。

「西成区の名前を消す」という発想自体は、今まで数十年間「西成」の地名がまるで悪の象徴のように歪められて使われてきた歴史を考えれば、そう考える人が出ても不思議ではないし、その発想自体は単純に否定できない。

しかも今の西成区南部、玉出・岸里・千本では、100年前にも同じような問題を押し付けられた歴史がある。

1915年、今の西成区玉出・岸里・千本にあたる勝間(こつま)村が町制施行で玉出町になった。

勝間村は良質の木綿の産地で、勝間村出自の商人は質実剛健で丁寧な商売をしていた。しかし勝間木綿のブランド力を悪用して粗悪な木綿を売りつけようとする悪徳行商人が「勝間商人」と称し、いつしか「勝間商人」が悪徳商人の代名詞となったという。悪徳商人としての「勝間商人」は勝間村出自の商人とは無関係どころか対極的な存在にもかかわらず、「勝間」の地名に対しても地域差別的な悪評が広まったという。当時の村人がその悪評を嫌がったことも背景に、町制施行の際に村時代の名前そのままの「勝間町」ではなく、中心集落の玉出の名をとって「玉出町」として町制施行したとか。

西成区南部は昔は「勝間商人」の悪評をなすりつけられ、今はあいりん地区や飛田など区北部の一部地域と同一視された「西成」の悪評をなすりつけられ、地元の人には非がないのに、他地域・他人の悪評を勝手に押し付けられる問題が繰り返されている形になっている。

ただ、維新の会のような消し方では、後で重大な禍根が残るのではないか。

そもそも西成区の地名はただの行政区の名称にもかかわらず、「あいりん地区=西成」呼ばわりして「西成」の地名を何か変な問題の代名詞のように扱い、西成区(あいりん地区以外の行政区のしての西成区の他地域、特に区の南側・南東側)の評判を不当に下げる手口は、橋下徹や維新の会も使っていたものである。「大阪都構想」推進のためのスケープゴートとして、「西成」の地名を「あいりん地区の否定的な現象の代名詞」扱いで騒ぎ、西成区への風評被害を蒸し返して強めたのが、橋下徹と維新の会である。

例えば、「地元の西成区の人間にとっては、西成区はあいりん地区一色のイメージではない。あいりん地区だけではなくて西成区のイメージについてはどう考えているか」とする趣旨の大阪市会の委員会質問に対して、橋下は「何の論議をしているのかさっぱりわからない」と放言したうえ、当該議員が言ってもいないにもかかわらず「あいりん地区はあのままでいいと議員が言った」と印象付けようとするひどい物言いをおこなった。

西成区の問題については、以下の次元の異なる2つの問題が併存しているが、それぞれ混同されて論じられた点がある。

  1. 行政上西成区の区域に属している、あいりん地区で発生している否定的な現象
  2. あいりん地区の否定的現象の代名詞・象徴扱いで「西成」と呼ぶ者が後を絶たないことで、あいりん地区が西成区のすべてではないにもかかわらず、西成区の他地域に対してあいりん地区のイメージを面白おかしく誇張したような「ガラが悪い・反社会的集団や犯罪の温床・かわいそうな生活を送っている人たち」などのイメージを一方的に押し付けられる悪質な風評被害が生まれ、西成区の大部分の人にとっては全く身に覚えのないことで不当に差別されていること。

あいりん地区の改善については、「西成」と範囲の異なる地名・ほぼ別の地域の地名を振りかざして騒ぎながらではなく、粛々とあいりん地区の改善としてすればいい。しかし「西成」と騒ぐことで、あいりん地区の改善からも目をそらせたうえ、関係ない地域が不当に蔑視されている形になっている。

橋下や維新の会も、「西成区」と「あいりん地区」の区別がついていないから、ヘイトに加担している形になっている。「大阪都構想」で西成区への悪いイメージは強まった。橋下が「あいりん地区を官庁街に」と「西成区役所を新中央区の庁舎に」をごっちゃにして論じたことで、西成区役所がある岸里がまるで悪い地域かのような印象を与えた。

また、ただでさえ西成区南部はあいりん地区の風評を押し付けられて資産価値が下がるなどの被害を受けているのに、「都構想」で他の区から「西成区と一緒になれば資産価値が下がる」などとする物言いも目立った。他地域が心配するのも当然だが、西成区南部の人にとっては実際に資産価値が下げられたうえ、「西成」の地名を悪の象徴扱いされることで傷を上塗りされる形にもなるのではないか。

維新の会が自分たちでこのようなヘイトを積み重ねておきながら「名前を消せば解決」というのは、おかしいのではないか。今まで西成区南部が苦しんできた風評が、今度は「中央区」が悪の代名詞扱いされて新中央区全域に広がるのが予想される。

しかも新特別区になることで区に直接入る税収は4分の1になるので、財政が今よりもかなり厳しくなり、対策が取れずに悪い状態が拡大するのではないのか。

こんな適当なことではなく、まずは大阪市のままで「あいりん地区そのものの改善」「《あいりん地区を食い物にしたうえに、自分たちへの批判を避けるためにあいりん地区での都合の悪いことを『西成』呼ばわりする自称支援者や貧困ビジネス》《地元民・地元の事情通ぶって、少なくとも西成区南部にとっては実態に反する『西成』イメージを、まるで見てきたかのように面白おかしく言い立てたてるような者》の行為をやめさせる」の二本柱が必要なのではないか。

大阪市の枠組みを維持する前提で、西成区の区名を変えたり、今の西成区を南北で分割して別の区にすること自体は、選択肢としては否定しない。ただそれは、「あいりん地区の改善」「あいりんの否定的な現象の意味で『西成』呼ばわりする者への対策」を具体化してから検討すべき課題である。

今の橋下維新は、自分たちで西成区のイメージを悪化させておきながら、また本当に困っていることからは目をそらし、「『都構想』で中央区に変えるだけで解決」と西成区の人をだまそうとしている形になっている。これでは、何をしても見当外れになるのではないか。