西成区で「都構想」賛成の維新の練り歩きを見かける

西成区内で維新運動員の「都構想」賛成の練り歩きを見かけました。訴えは「都構想に賛成しましょう」「都構想で西成区は中央区になります」の2フレーズの繰り返し。

維新が考える「都構想」のメリットは、「西成区が中央区になる」だけなのでしょうか。

たまたま行政区としての西成区に入っているだけのあいりん地区などについて、事情通ぶって面白おかしく言い立てたがる者が、「西成」の地名をそういう現象の代名詞扱いして、範囲が大きく違うにもかかわらず「西成」の地名にワケありのニュアンスを含めて、まるで西成区全域が悪い地域かのように騒ぐことがあります。そのため、区外の土地勘があまりない人からも、西成区の地名が何か変なものの象徴のように勘違いされる状況が続いてきました。

これは西成区の人にとっては身に覚えのない風評被害であり、西成区の地名を変なものの代名詞扱いされて地域差別的にごちゃごちゃ扱われることを嫌がる西成区の人も少なくありません。

維新はそのことを背景に「西成の地名をなくす」が受けると考えたのでしょうか。

しかし維新自身も、「外から押し付けられた、実態に反する西成区のイメージ」を振りまいてきた側です。

橋下徹が市長として主導した「西成特区構想」自体、西成区とあいりん地区を同一視して、西成と振りかざしながらもあいりん地区(の一部の人)だけが西成区のすべて扱い、あいりん地区にとって都合が悪い現象は西成区の他地域に風評をなすりつけるという、これまであいりん地区の支援者を名乗ってきた者やマスコミが風評を振りまいてきた手口そのものです。

西成区でもあいりん地区以外の大部分の地域にとっては、「西成と騒がれて特殊地域扱いされるだけの風評被害が強まった」というマイナスイメージが強まった以外のことはありませんでした。これは大阪市が開催した「西成特区構想」シンポジウム(2012年)の、市のウェブサイトで発表されている参加者の感想文でも確認できます。

  • 西成400年の歴史の中でたった50年の人のながれのなかで、そこが西成だという発想はいかがなものか。400年のなかで地域ではぐくまれた歴史は?西成のことをほんとうに理解できているのか?西成=あいりんなのか。西成をほんとうにわかっているのか?
  • 西成特区?何か特別な目で見られるような気がする。小さい時から西成に住んでいて大きな声で「西成に住んでいます」と胸を張って答えられなかった。
  • 西成特区、西成特区と言われてみじめな思い、分かりますか。からかいの口調で「特区!特区!」と言われている子ども達もいますよ。
  • 最近のマスコミ報道で大変嫌な思いをしている。生活保護の受給者が4人に1人とか、結核のり患率が日本一とか、それは事実でしょうけれど西成=あいりん、生活保護、ホームレス、汚い…と悪いイメージばかりで住所を言うのもはばかられる。今までもマスコミ、ことに朝日新聞等はことさらに西成を強調するような報道があったが、もう西成から抜け出したい。先日も友人に(阿倍野区在住)西成区と一緒になるのがいや!と言われた。市内はどこの区も50歩100歩だと思うのですが、特区特区と言われると逆差別の様な気がする。

「西成の地名をなくす」という発想自体は、これまで不当な扱いを受けて嫌な思いをしてきたことを考えれば、そういう発想が出るのも不思議ではありません。なくす選択肢自体は否定しませんが、仮になくすにしても「なくし方」が問題となります。

維新は、自分たちが西成区の地名に悪いイメージを振りまいて悪いイメージを強めながら、「悪いイメージの地名だからなくしてやろう」という、傲慢な自作自演をおこなっているのです。

これでは、悪の代名詞が「中央区」になるだけでしょう。西成区の地名のイメージ悪化の歴史的経過自体が、あいりん地区という地名があるのに、悪いイメージを振りまきたい側はあいりん地区の地名を使わずに、範囲が異なる、事実上関係ない地名の「西成」を勝手に使ったという経緯があるのですから。

また、「西成」の地名は古代からの郡の名前で、現代では行政区の名前という以上の意味はないのに、勝手に変な意味を付加してワケありのニュアンスをつける者が絶えないことが問題なので、それをやめさせることがまず第一でしょう。名前を変えるとかそういうのは、この問題にめどが立ってからの次のステップではないでしょうか。

あいりん地区を「西成」と騒ぎながらではなくあいりん地区として粛々と抜本的改善するとともに、あいりん地区の代名詞として「西成」の地名を勝手に使わせないためには、「あいりん地区」の意味で「西成」と使うような報道をなくすよう求めることや、場合によっては西成区からあいりん地区周辺を分離して別の区にすることも含めて検討されるべきでしょう。これは大阪市のままでこそ可能なことです。

また「都構想」自体でも、新しく中央区にされると予定されている他行政区では、西成区と一緒になって財政負担や地域イメージが下がることを心配する声が出ています。

これは他の区の人が心配するのも当然ですが、西成区(特に天下茶屋・岸里・玉出・天神ノ森・南津守など区の南部・東部の住宅街)の人にとっては「今まで西成区があいりん地区を押し付けられて、変な風評を押し付けられて地域イメージが下がってきたのに、さらに他の区から馬鹿にされて追い打ちをかけられた」と受け取る可能性もあります。

これは維新が西成区の地名を悪の象徴扱いしたことで、西成区と他の行政区を対立・分断させる手法です。しかしそういう住民間の対立・分断ではなく、対立を図ろうとしたおおもとである維新のやり方こそ問われなければなりません。