大阪市を守った「5.17」から1年

大阪維新の会によって大阪市の廃止・解体が仕掛けられ、廃止解体の是非を問う住民投票が2015年5月17日におこなわれました。あれから1年。

今思い返してみると、ああいう苦しい雰囲気は異常でした。

大阪市を壊す、そのためにはデマ宣伝や暴言罵倒も意に介さないというような、大阪維新の会のオレンジ服の集団が全国から集結し、街のあちこちに現れたこと。しかもそいつらは罵詈雑言や恫喝罵倒も。

「大阪都構想」と言い立てたうえ、まるで行政区再編のようにミスリードを図っていましたが、結局は無駄な投資をしてその分住民サービスを弱体化させるような、矛盾だらけのもの。

しかも特定の地域に対する事実無根の差別まで。西成区の地名を「あいりん地区の否定的な現象」と勝手に同一視して悪宣伝を行って、「イメージの悪い西成の地名は、都構想でなくす」とマッチポンプ宣伝。

結果は否決となりました。ただ、行政区ごとに開票されたことで、維新の側からは「貧乏区が金持ち区の足を引っ張った」と陳腐な分析によるデマを振りまいていました。実際は「その地で生まれ育ったり、縁あって他地域から来てもその地に長年住み続けている・住み続けたいと考えている土着の住民が多い地域」vs「流入層が多い地域」の差だという印象を受けます。

「都構想」は過去のものとなったはずですが、大阪維新の会は再び策動を繰り返しています。薄汚い対立と分断は懲り懲りです。二度と日の目を見ることはないようにさせなければなりません。