過去の大阪市会議事録からみる維新の嘘:あいりん問題

 維新信者はまるで変な信仰にとりつかれたかのように「あいりん問題は橋下維新だけが取り組んできた」「あいりん地域を放置してきたのは、あの地域の貧困ビジネスの元締めで3代にわたって市議を務めた柳本一族」とデマを振りまき続けている。

 井戸正利とかいう異常な市議も、そういうデマに加勢していた。

 こんなもの、大阪市会の議事録をみれば一発で嘘だといえるものである。

 柳本一族だけではなく、現在の維新市議の父親でもある辻昭二郎元市議(故人)も含めて、西成区選出の歴代議員には超党派で共通することであるが、議事録を読むと「あいりん問題は国・府・市が協同して解決すべき課題で、西成区の地域性に押し付けられるべき課題ではない」「日雇い労働者や生活保護流入者など外部から来たあいりんの人間だけに目を向けるのではなく、あいりん地域と地理的に重なる地域で地元に根ざして生活している人間がそういう流入者によって生活環境を悪化させられていることへの対策や、あいりんとは直接関係ない地域も含めた西成区全域へのいわれなき偏見の改善こそが必要」と訴えている。

 大阪市会の議事録をチェックしてみると、西成区選出の歴代議員の中でも一番激しいと感じる調子で「あいりん対策と西成区のまちづくりを同一扱いされるのは迷惑」「あいりんに特化したまちづくりではなく、街のあり方は地元の人間の要望をベースに据えておこなうべき」と言わんばかりの勢いで追及していたのは、柳本顕氏の父親でもある柳本豊元市議(故人)だった。

 一方で、あいりん地域での否定的な現象の代名詞として「西成」の地名を勝手に使って面白おかしく騒ぐだけで、元々の地元の人の願いを敵視して踏みにじるという「あいりん支援者」を装った貧困ビジネスなどと同調した行動を取り、また行政上同じ区に入っているだけの天下茶屋や岸里・玉出など何の関係もない地域にまで「西成区だからガラが悪いに決まっている。ガラが悪くなければ都合が悪い」と何も知らないのに勝手に決めつけるような地域差別的なヘイトを食らわせているのは、橋下・維新ではないか。それこそ、貧困ビジネスの元締めと厳しく批判されるべき行為である。

1995年3月1日 大阪市会・民生保健委員会

◆柳本豊委員 
次にあいりん問題に触れさせていただきたいと思います。(中略)いろいろと対策を講じてこられたところでございますが、その中でいろいろと成果もあったということは私は認めます。しかし、成果のなかったものもあるんです。成果がないといっても、これは皆さん方民生局の方々にとりましても、いや、そんなことはないというような議論があろうかと思いますが、どの辺がギャップがあるかということを考えてもらわなければいけないんです。それは日雇い労働者の問題ということ、その地域の中に区民がいるということ、地域の住民がいるということなんです。それを一緒にして実は対策だと、こういうことを目指しているところに実は問題があるんです
 これまでのあいりん対策というのは、当然ながら日雇い労働者に対するところの問題であり、そして、それに対して地域住民がいかに迷惑を受けていたかという、この問題については一つも語られていないところに実は重大な問題を残してきたわけなんです。例えば、これは日雇い労働者についても失業者に対して失業保険が出る。これは画期的な問題も実は昭和36年以降、今から30年前に起こったわけです。まさに、保険制度の極限に達したわけなんです。こういうような状況もございます。
 しかしながら、また一方では地域住民がこれがために離散していくと、こういう現象もございました。あるいは保育所もございます、小学校もございます。小学校の生徒は実は登校するのが大変でございまして、ごみの山でございまして、登校途中に南海のトンネルの下を通らなければいけない。ごみがいっぱいであるというようなことで、環境事業局の方々もいろいろとご協力いただきました。いつもごみの収集業務が9時であるというのを、7時半から8時ごろまでに収集作業をしてもらう。あるいは露天商の問題もある。学校の周辺に露天商が並んでいる。そこへ子どもが登下校する。大変な教育問題としては非常に環境の悪い中でございます。しかし、そういうようなものをひっくるめて実は住民の方々は水面下でいろいろと協議をしております。そして、その協議の中で実は地域住民の方々の対策を講じられてきたわけなんです。しかし、それに水をさすような対策協議会というのが、これまで何回かあったわけなんです。これに対して地域住民が大変憤りを感じていたというのが、これまでの実は経過でございます。そういう中にありまして、このたびあいりん総合対策検討委員会なるものを設置されたんでございます。一体何のために設置したのか、私ども地元議員団も承諾いたしておりません。一体どんなメンバーでやろうとしているのか、お伺いをいたします。

◎三島民生局福祉部保護課長 お答えいたします。(中略)一つはやはり不安定な日雇い労働ということに絡みます労働の問題、働けなくなった人に対します福祉、医療の問題、それから今後の長期的展望にたったまちづくりの問題、そういうことが検討の課題になってくるんではないかというふうに思っております。メンバーにつきましてはまだ大阪府と今後協議ということになっておりますけれども、幅広く意見を聞くということで学識経験者、建設業界、労働業界の代表、地元の方、行政ということでメンバーを構成してまいりたいというふうに思っております。特に、地元の住民の方、また地元選出の議員の皆様方には別途ご意見をお伺いする場を設けまして進めていきたいというふうに思っておりますので、何とぞご協力のほどよろしくお願いいたします。以上でございます。

◆柳本豊委員 今、長期的なまちづくりなども検討するというような話でございます。私は、そのような方々に長期的にまちづくりを検討していただかなくても結構だと思います。西成区というのは、これは西成区民のためにあるわけでございます。日雇い労働者や、あるいは総合した中でのまちづくりというような検討というのは、とんでもないことでございます

1996年3月19日 財政総務委員会

◆柳本豊委員 
 (前段略)昨日、講談社の雑誌「フレンド」の問題について、松岡議員からも厳しくご指摘がございました。私も、当然西成区選出の議員でございます。この点について発言する責務があるわけでございます。なぜこのように西成区に対しての偏見が生じたかということを、この際皆さんと一緒に考えていただきたいと思うのでございます。
 昔から大阪は水の都として栄えたのでございますが、西成区も実は水と非常に因縁のあるところでございます。神戸には灘五郷というのがございまして、六甲山麓から流れてくる水を宮水と称しまして、酒造りの本場でございます。実は西成区も名水がございまして、生駒山麓から上町台地におりてきて、西成区のわき出るところの地下水、これは大阪でも最もすばらしい水である。
 こういうふうなことが言われておりまして、昔武野紹鴎と言いまして千利休の師匠でございますが、西成区で茶道を教えまして、そういうことで太閤秀吉も実は西成区に来ましてお茶をたしなまれた。こういうことでございます。いまもなお天下茶屋あるいは萩之茶屋と、こういう地名が残っているわけでございまして、昔から由緒正しい西成区である。そしてそこに住む人は、義理と人情に厚い、また温かい心の触れ合えるまちである。こういうように私はいつも誇りに思っているところでございます。
 また、近年はノーベル賞を受賞されました福井謙一さん生誕の地であり、青年時代をここで過ごしておられました。磯村市長も、少年期西成区でおられたということも聞いておるわけでございます。こういうように、由緒正しい西成区、どうしてこんなに偏見の目で見られるかということでございます。
 実は、昭和36年、釜ケ崎騒動がございました。これを契機としまして、こうした西成区に対する偏見の問題というのが出てきたのではなかろうかと思います。釜ケ崎というのは、実は浪速区水崎町に釜ケ崎という地名がございます。釜ケ崎というのは、西成区にはございません。浪速区に実は釜ケ崎という名前があったわけです。ところが、地名がいつの間にか南下いたしまして、釜ケ崎を今度は改めあいりんと言おう。そのあいりんが、実は西成だ。あいりんの前は釜ケ崎なんですから、あいりんも実は浪速区かいなと思ったら、そうじゃない。あいりんは西成区だ。こういうような言われ方をしております。
 昭和31年でございますが、この地域には萩之茶屋小学校、今宮中学校という学校がございます。萩之茶屋小学校は昭和31年、児童の数が1,341名おりました。今宮中学校は2,168名いたんです。それが平成7年現在では、萩之茶屋小学校は141名、今宮中学校が258名、ちょうど昭和31年でございますから大阪市の児童生徒の数というのは最盛期でございまして、現在はおそらく大阪市の児童生徒の数も45%から50%減っているということを聞いておりますが、この地におきましてはまさに90%減なんです。そして、地域住民もこの地域から離散していっているというのが現状でございます。
 この昭和36年のあいりん騒動を契機といたしまして、実はあいりん対策と称して全国から集まってくるところの日雇い労働者の対策を講じてこられました。もちろん、この日雇い労働者に関しての偏見というものは断じて許されるものではございません。ところが、あいりん対策、西成区のあいりん、何か西成区民とあいりんとが同じように錯覚をしておられるのが遺憾であるわけでございまして、西成区は西成区民のためにあるのでございまして、日雇い労働者のために西成区が占拠されてはいけないわけです