またまたデマですか

維新信者がまたまた西成区地域ヘイトのデマツイートをしているのを見つけた。

こいつらのいっている「西成」とは、実在する地理上の西成区のことではない。

「たまたま一部が行政上の西成区にかかっているだけの、あいりん地域や飛田新地で、しかも地域で普通に生活している人とは全く関係ない外からの流入者が引き起こすような行為の、一方的なイメージを面白おかしく膨らませて言い立てる代名詞」という意味の、架空のものである。

「西成の治安が悪く」なんて、そんなことは昔も今もありえない。西成区自体は、大阪市内でも平均的な住宅街でしかない。治安も市内の住宅街ならどこでも大差がなく、平均レベルでしかなく、西成区だから特に治安が悪いということもないことは、統計上もはっきりしている。あいりん地域周辺が極端なだけで、西成区全域には関係ない。

「私が西成区に転入してきたのは40年くらい前ですが、夜間、時折、銃声や女性の悲鳴が聞こえる時もありました。もちろん、街灯も少なく暗かったですね」――こんなもの、見る人が見れば、「よくこんな大嘘いえるな、この嘘つき」としかいいようがない。

西成区が、橋下になってから治安が格段によくなったというのも大嘘。そもそも「西成区が」治安が悪い・悪かったというのが大嘘だし、岸里や玉出などは昔からの成熟した下町でしかない。昔も今も銃声が響くとかありえない話だし、今も昔も大差ない。

「街灯も少なく暗かった」というのも嘘。むしろ橋下維新になってからの方が、街灯が少なくなって暗くなったという印象を受ける。

維新の信者は、「西成(区)」の地名を「ガラが悪くなければ都合が悪い」「あいりんなどの変な現象の代名詞として使う」という偏見から、その偏見に合うように作り話をして、適当なことを振り回しているだけである。これは、あいりんの「支援者」と称した連中やそれに同調したマスコミと、全く同じ手口である。

行政上西成区北東部にもかかっているあいりん地域については、課題が山積みだった。しかしそれは「西成」という関係ない地域の地名に押し付けられる課題ではない。「あいりん地域」と「西成区」は本来別の地域概念であり、一緒にされるいわれはない。一緒にする行為こそが地域ヘイトであり、地域差別である。

あいりん問題については、「あいりんへの流入者に関係する問題=労働政策や社会福祉など、国・大阪府・大阪市が連携する広域課題」(狭義のあいりん問題)と、「あいりん地域と呼ばれる地域とその周辺で、地元在住の人にとっての地域環境保持・改善」の地元課題(これは西成区北東部だけではなく浪速区にもかかる)と、それそれ別個として両面でとりくむものである。

「あいりん=西成」呼ばわりすることで課題を曖昧にさせることになり、地理的にあいりん地域を重なる地域での地元生活環境改善を妨害し、また同様の課題を持つ浪速区側やおおもとの課題となる国・府・市の施策は放置し、直接関係ない地域も含めた西成区の大半の地域に風評被害を与えるだけになる。

1990年代までの大阪市は、貧困ビジネスの暗躍の余地を作るような「あいりんへの流入者への対応と、西成区の地域課題とを混同する」一辺倒で、地元の生活環境や「西成区」全域への風評被害については無頓着だった。しかし2000年代に入り、地元の人の意見や要望から出発した対応がとられるようになり、着実に改善していくようになった。

萩之茶屋地域の不法屋台撤去は、維新が目の敵にしている柳本顕市議(当時)の議会質問も含めて各会派が視察や質問したことなども力になり、2009年に平松邦夫市政の元で実現したものである。

あいりん地域については、2000年代の市政で着実に変わりつつあった。「西成=あいりん」と騒ぎながらではなく、地元住民の地域環境への要望から出発して着実に効果を上げてきた。

しかし橋下維新は「西成特区構想」なるものを掲げ、「西成=あいりん」と結びつけて騒ぐ行為を蒸し返した。「西成特区構想」は「大阪都構想」と結びつけられたことで、区割りの際に西成区が「ババ」扱いされる風評被害も生んだ。

橋下維新が改善したと自称するものは、単に前市政からの取り組みをそのまま延長したものに過ぎない。橋下維新が一から・ゼロから生み出したわけではない。