住吉市民病院問題:跡地は「弘済院附属病院を市大附属病院に移管の上で移転」?

吉村洋文大阪市長は11月13日、2018年3月末の閉院が決まっている住吉市民病院跡地への民間病院誘致を断念する方針を明らかにした。

代替策として、大阪市立弘済院附属病院(吹田市)を大阪市立大学に移管した上で、現弘済院附属病院を改編した市大附属病院として現住吉市民病院敷地に移転し、産科・小児科の機能を付加するとしている。

一方で弘済院附属病院側にはまだ話を通していないとも、一部報道では指摘されている。

住吉市民病院(2017年10月)

住吉市民病院(2017年10月31日撮影)

この案については、もっと詳しい資料が出た時点で最終的な評価をすることにはなるだろうが、現時点の情報でも懸念点がいくつかある。

一つ目は、「二重行政」として統廃合の対象にされた、住吉市民病院の統廃合方針そのものが明らかに誤っていたということ。厳密には双方とも独立行政法人となっているうえに、行政部局管轄と行政からは独立性を有する市立大学附属施設の違いがあるが、大きなくくりでいえば「市立病院の跡地に市立病院誘致」ということになる。二重行政だといいながら二重行政ではなかったということになる。

また、民間病院の誘致という附帯決議も実現できなかったことになる。これまでの維新市政での数々の混乱の経過を考慮すれば、単純に公立病院が来るからいいじゃないかと居直らせたり、逃げさせることは認められない。

二つ目は、橋下・吉村2代の維新市政の最大の失策のひとつでもある住吉市民病院問題をごまかすために、弘済院や市立大学にも飛び火させたこと。市政としてはまずは住吉市民病院廃止方針の誤りを認めるべきである。

弘済院附属病院の建て替えが検討されていることに乗じて、建て替え中止で従来の所在地から遠く離れたところへの移転では、現在の弘済院附属病院の関係者や患者・近隣住民にとっても寝耳に水ではないか。

三つ目は、弘済院附属病院は高齢者医療を中心に担ってきた病院で、小児科や産科の経験はないこと。

現在の住吉市民病院は閉院の方針が決まったことで、スタッフも閉院準備や閉院後の自らの新しい勤務先への異動などを前提に動いているという。機能継承といっても、実際に継承されるまでの空白期間が避けられないことになる。転出が決まったスタッフを呼び戻したり、新たな人を採用するにも、それなりの時間がかかることになるうえ、そううまく元に戻せるのかという疑念も。

またこれまで民間病院の誘致が失敗してきた大きな理由のひとつは、誘致に名乗りを上げた病院事業者が、求められる水準の小児周産期医療体制を確保できなかったことにある。いずれも産科・小児科の経験がないとか、病床数が不足しているとか、そういった疑問が出されたものである。弘済院附属病院でも似たようなことになりはしないか。

もちろん、住吉市民病院については、現在の形でそのまま存続させることは困難な状況になっているのかもしれないが、少なくとも何らかの形での機能の維持・継承の体制を図っていくこと自体には異論はない。しかし今回の吉村発言については、ざっと見ただけでも、このような懸念が浮かび上がる。

今回の吉村発言についても、「思いつき・口から出任せでの責任逃れを図ったごまかし」にならないよう、注視していく必要がある。