維新信者の執拗なデマ・西成区ヘイト

2018年2月下旬以降、維新の側からのデマ攻撃が激化している。

維新信者によると、「西成区をよくしたのは維新。(反維新の急先鋒格のひとりと見なされている)前大阪市議の柳本顕氏(西成区選出)やその他の政治家は西成区を放置した」。その攻撃を集中的に蒸し返している。

維新信者による西成区ヘイトツイート
維新信者による西成区ヘイトツイート、柳本氏攻撃の一例。

西成区やその周辺の出身・在住や土地勘があるなどの人からみれば、「荒唐無稽」の一撃で切り捨てられるような、ひどいレベルのデマではある。

維新信者はどこの地域の出身・在住の人間かは知らない。もっとも、土地勘のないとうかがわせるようなとんちんかんな書き込みからは、おそらく西成区や周辺地域の住民でもなければ、西成区や周辺地域出身でもない、過去に在住した経験もない、近隣で仕事や商売などをしていたなどつながりもないのであろうということは伝わってくる。しかしそれでも、本物の地元の人の柳本顕氏にも直接絡んでいるというひどさ。

元々の地域土着の地元の人よりも、維新信者の方がその地域に詳しい・事情通気取りで振る舞っているというのも、おかしな話。

他の地域でそういう事情通気取りが湧いて出るなど聞いたことがない。しかし「西成区」となると、本物の西成区の地元の人よりも地域のことに詳しいかのように振る舞う事情通気取りが大挙して現れる。そういう事情通気取りが現れること自体、地域ヘイトではないのか。

西成区に理想郷「おぎのちゃや」があると信じている狂信者のパラレルワールドの世界はともかく、一般の方がこんなデマを真に受けて信じてしまうというのならば、とんでもないことになる。

誤解が広まるのは不本意なので、これは特にひどいと思った維新信者の書き込みを晒したうえで、突っ込みを入れておく。

名誉毀損ものの中傷

これは名誉毀損もの。とある維新信者のツイッター。

維新信者「しぇあぽん」のヘイト書き込み

前半部分。あいりんといわれる現象が顕著に現れている地域の一つである西成区北東部で、地域団体や2000年代以降の行政がそれぞれの立場で頑張ってきたということは事実。

いわゆる一部の自称「あいりん支援団体」・貧困ビジネスが、地域環境改善を「地元住民からの野宿者への迫害・差別」などとおかしなすり替え方をして、見方によっては地元の住民を敵視するとも受け取れる言動をおこなっていたのが実態。別に柳本がどうのとか、橋下がどうのとか、そういう文脈にはなりえない。

あいりん問題は、あいりんの枠でくくられる現象が集中的に現れた地域を「特殊地域」として固定化するという発想では解決しない。労働や社会福祉に関する課題は西成区だけの課題ではないので、市・府・国の連携で広域的に取り組むべきである。あいりんとされる現象が顕著に現れた萩之茶屋地域ないしは西成区北東部、さらには西成区全域という地域の特殊な課題扱いで矮小化するべきではない。

またあいりんだから・西成区だからというより、どこの地域でも共通の課題として、元々その地域に暮らす住民の立場での街づくりの問題という軸からとらえ直す必要もある。

一部の自称「あいりん団体」やマスコミ、それに乗ったアングラマニア気取りやアウトローマニア気取りが、「あいりん=西成」ではないのに、「西成」の地名に「あいりんのセンセーショナルな現象を面白おかしく騒ぐための代名詞」という異常な意味合いを持たせて蔑称扱いし、特殊な地域だから、特殊な地域でなければ都合が悪い、どこでも起きる事件事故でもたまたま行政上の西成区で起きただけで西成西成と異常に騒ぐ、などの態度を繰り返して、おかしなことになってきた。

2000年代になり、地元住民の思いに行政の施策がかみ合う形になり、実効ある対策が進んでいった。

橋下など、「よくした」ように見えることは単に、前市政までの時代での地域の人たちと行政の積み重ねを継承しただけにすぎない。はっきり言って、たまたま橋下や維新がこのタイミングで現れただけで、誰がやっていても同じような結果になっていたはずのもの。

それどころか、橋下・維新は、「西成区」の地名を何かの問題がある特殊な地域呼ばわりで騒ぎ立てる「西成特区構想」なる悪宣伝で、余計な風評被害を蒸し返し、強め、振りまいた。

一部の「あいりん支援団体」と事実上歩調を合わせるような態度をとっている橋下・維新一派なら、地域団体・住民を敵視する立場に立つのもわからなくはない。

後半部分は、事実無根どころか、法的にも名誉毀損ものではないか。本人も否定しているし、仮にそんなおかしな土地取引の動きがあれば地元でも話題になっているはず。

「《今の》てんしば」と山王を比較して騒ぐ無知

これもひどい。徒歩数分圏内にある「てんしば」(天王寺区・天王寺公園)と山王の町並み(西成区、柳本顕氏の地元でもある)を挙げて「西成区は~」。

土地勘があれば、「土地勘のないやつが知ったかぶりで変なことを吹いている。問題外」の一撃で片付けるべきものだとしか思えない。元のツイートには「アホちゃうかw」というリプも付いているが、そういわれても仕方がないほどのものである。

現在の天王寺公園(行政区としては天王寺区ですが)の画像を出し(ここでは出されていないが、再開発後の金塚地区=阿倍野再開発地区の画像を出すパターンも)、隣接する西成区山王地区と比較して、「阿倍野は発展した」「西成区は遅れている」「区の境界で町並みが変わる」――その手のネタは、維新信者でなくても、大阪を地域ヘイトしたい者がよくやる手口である。維新とは関係ないところでもそういうのを見かける。

天王寺公園については、維新のおかげでもなんでもない。1990年代まではホームレスやブルーテント・道路不法占拠の路上カラオケなどネガティブなイメージと同一視して語られるイメージだったのは事実ではある。しかし2003年に行政代執行がかけられるなど、維新とは関係なしに環境改善が進んできた。関市政の時代であり、維新は関係ない。

また阿倍野再開発事業についても、1975年に始まったもので、別に維新など関係ない。市議も2代・3代と入れ替わっている。また再開発前の金塚も山王と大差ない町並みだったことは、周辺地域出身ないしは古くから住み続けている一定年齢以上の人なら誰でも知っていることであるし、直接は知らなくても探せば歴史的な記録写真や資料などが転がっている。

《現在》の天王寺公園や金塚と、山王を比較して、阿倍野ガー西成ガーといわれても知らんがな。元々は一帯の町並みだったわけで。

阿倍野区西部と西成区東部は、元々東成郡天王寺村で同じ地域で、大阪市編入の際には西成区ではなく住吉区になっていた。1943年、住吉区の北部が阿倍野区として分離した。このときに住吉区と西成区との間での境界整理も同時におこなわれ、住吉区だった山王・天下茶屋地区が西成区に編入された形になる。

生活圏としても、北寄りの金塚と山王は今の行政区では2区に分かれていても昔からずっと同じ小学校区だし、南側では今の区に関わらず、天下茶屋の郊外住宅地として一体的に住宅開発が進められた歴史的経緯もある。

「再開発後の金塚」は別として、区の境目で露骨に町並みが変わることはない。西成区と阿倍野区の街の境界は行政区としての区域が変わるだけで、町並みはシームレスとなっている。気がつけばいつの間にか町並みが変わっていたというのが実態である。

「維新とは関係ないことを維新のおかげ扱い」「西成区を問題地域扱いで貶めるための印象操作」という、二重の意味でのデマである。

他にもデマ満載

維新信者のいってることは、ほとんどがデマ。事実無根の内容か、事実の部分が一部あっても極端にゆがめられた解釈をしているといっても差し支えない。

これまでの政治家は何もしなかったということ自体、デマの中のデマ。大阪市会の議事録を読めばわかる。

 

 

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