「西成特区構想」有識者提言めぐるデマと迷走

「西成特区構想」の有識者提言がまとめられ、吉村洋文大阪市長に手渡された。

それを受けて吉村市長は、ツイッターで以下のような記載をおこなった。

またデマかよ。

同じようなデマをしつこく蒸し返すようなら、こちらとしても過去にこの手のデマにはいくつもこのブログで反論しているが、同じような反論をしつこく書いて、少しでも真実に近づけていくことも必要になってくるであろう。

西成特区構想をめぐる「アンバランスさ」と「デマ」

まず、「西成区」と「あいりん」は、別の概念であり、意味する対象は全く異なっていることをおさえる必要がある。西成(区)の地名は、「あいりんの別称」でもなければ、「あいりんでの否定的な現象を面白おかしく言い立てるための蔑称」でもない。

「西成」は「西成区」という行政区の名称を指す地名であり、元は「上町台地の西側に開けた土地」という自然地形発祥の古代からの地名である。大阪市編入前には現在の大阪市西部と北部の幅広い範囲を指す西成郡の郡名にもなっていた。

その一方であいりんは、都市の形成・発展に伴う大阪広域の都市問題として、労働力の流入やホームレス・生活保護の問題などが生じたものである。どこに現れてもおかしくなかったはずのものだが、歴史的過程のいたずらで、たまたま近年の現象が顕著に現れている場所が、行政上西成区に入っている地域である萩之茶屋地域が中心になっているというだけ。また他地域に「都市問題」が存在しないというわけでもない。特定の地域にかかる地理的概念や特定の地域固有の問題ではなく、都市としての大阪広域にかかる「社会現象」としての問題である。

しかし、一部のあいりん関係者やマスコミが、あいりんの現象を面白おかしく言い立てるだけで、困難な状況は嘲笑のネタにするだけで温存させようと図る、そして否定的な現象を「西成」と範囲も地理概念も異なる地名に押し付けることで、行政上の西成区全域が「ややこしい人が集住する地域」かのようにヘイトされる風評被害が発生した。

「西成」の地名を「暴動」「違法薬物」「ホームレス」「結核」など、極めてネガティブな現象とおもしろおかしく結びつけられる状況が続いてきた。

また、教育・社会福祉・治安問題など、程度の差こそあれ全国どこでも発生しうるもので、発生した場合は必要な対策をとっていくべきものでも、ネガティブな現象がたまたま「行政上の西成区に属する地域」で発生しただけで、土地柄にすべての原因があるかのようにヘイトして当然かのような風潮もあった。

例えば、2018年に発覚した民泊での殺人事件。殺害現場は東成区・森之宮で、遺棄した場所の一つが西成区という不幸な事件。たまたま遺体発見現場が西成区だっただけで、「西成」と過剰に騒ぎ、西成区だから治安が悪いかのようにネタにする者や、事件を西成区の土地柄のせいにしようとする者が次々と現れた。殺害現場の東成区・森之宮については、地域ヘイトまがいの話はほぼされなかったのとは対照的である。

これらのことによって、西成区の住民や出身者など、西成区に縁のある人は、いわれのない風評被害で苦しんできた経緯がある。

またあいりんの枠でくくられるような現象が顕在化している、現行行政区では西成区の北東部にあたる萩之茶屋地域とその周辺では、ホームレスが公園や道路を占拠することでの公衆衛生環境悪化、ホームレスや生活保護受給者を食い物にしようとする貧困ビジネスの出現、ゴミの不法投棄、などの実害も現れることになった。

地元住民は「維新以前」から長年にわたり、環境改善に取り組んできた

いわゆるあいりん問題では、労働問題やホームレス問題など、狭義の問題がイメージされる場合が多い。それらの狭義のあいりん問題は、都市の課題として、国・府・市のそれぞれの立場から広域的に解決するものである。

しかしあいりんの課題を、「広域の問題であるあいりんの枠でくくられる現象が、たまたま行政上西成区になっている地域の一部にも顕著に現れている」ととらえるべきところを「あいりんは現行の行政上では西成区に入っている地域で発生している」と短絡的にとらえたうえ、「西成区」と「あいりん」を同一概念の別称扱いで「西成区は特殊な地域」だとすり替え、西成区の地域の住民に問題があるかのように押しつけ矮小化し、他地域から流入者を送り込んだことなど知ったことではないという態度をとる者がいる。

このことで西成区の地域にとっては、あいりんから派生した問題も生じることになる。萩之茶屋周辺の地域環境問題が曖昧にされてきたことや、あいりんを「西成」呼ばわりすることでの西成区全域への風評被害問題などが、それらの問題にあたる。

西成区の住民や各会派の議員は、地域で直面している課題について、地域の人の街づくりという課題から、それぞれの立場で一つ一つ解決を求めてきた。

 あいりん地域も釜ケ崎も、大阪の釜ケ崎という報道をしてもらいたい。何にも罪のない西成区民が、この地域のためにどれだけ金を使い、どれだけ労力を使って、しかもそれを厚い、厚い愛情をくるめて努力をしてくるにもかかわらず、なぜ我々が汚名を着なければならないんだろうか。(中略)これは労務対策なんです。労務者に対する福祉対策なんです。忘れられておるのは、住民の福祉というものがどこにも盛られてない。これからのあいりん対策のあり方というのは、私は福祉の原点に返り、そこに住む住民、子どもたち、おとしより、これらに希望のあるような行政を進めていただきたい。労働対策と同じように、私は進めていただきたいと思うんです。
(1994年3月18日民生保健委員会・辻昭二郎市議〈当時〉)

日雇い労働者に関しての偏見というものは断じて許されるものではございません。ところが、あいりん対策、西成区のあいりん、何か西成区民とあいりんとが同じように錯覚をしておられるのが遺憾であるわけでございまして、西成区は西成区民のためにあるのでございまして、日雇い労働者のために西成区が占拠されてはいけないわけです。
(1996年3月19日財政総務委員会・柳本豊市議〈当時〉)

あいりん地域の課題は、これは西成区の問題ではありますけども、西成区があいりん地域をつくったわけではないということははっきりしておきたいんです。市長がよく言われる広域行政によってこのような地域ができ上がったというふうに思うんです。ですから、国や府・市が連携して課題解決に努力をするのは当然でありまして、ただ西成区にえこひいきをするというような政策ではないというふうに私は思います。
(2012年10月31日市政改革特別委員会・尾上康雄市議)

萩之茶屋小学校前に立ち並んでいた不法屋台の撤去は、住民団体の要望や議員の議会質問・現地視察などを力に、平松市政時代の2009年12月に完了した。

また、ゴミの不法投棄への対策や、西成区への風評被害解消を求める問題についても、各会派の議員が繰り返し取り上げている。

一部「あいりん支援団体」の攪乱

一方で、一部の「あいりん支援団体」が、困難な人への支援と見せかけながらいびつなコミュニティを作るような形になり、ホームレスが公園を占拠する街・公衆衛生環境が悪化する街などが理想かのように受け取れる態度で振る舞っている。

地域住民を「あいりんへの対立勢力」と見なして、「労働者の街釜ヶ崎を、地域住民が差別・迫害している」などと一方的にすり替えて混乱させる状況もあった。もっともこのような見方は誤認であることはいうまでもない。それこそ逆に、特定階層の流入者が、元からこの地域に住んでいた地域住民を差別・迫害しているとも受け取れる形になっている。

マスコミも一部「あいりん支援団体」の目線に立った報道をおこなってきた。

しかし「社会的に困難な立場にいる特定の階層の人を集める街・そういう人が集住する特殊な街」に押し込めるという視点では、他地域の人間が大阪の一角に問題を押しつけて、しかもそれを「西成」呼ばわりして「西成区」のせいにすることになる。

街づくりは、別に西成区に限らずどこの地域でもそうであるが、「特別視されることなく、地域の人が暮らす街」という視点からおこなうべきもの。また労働や社会福祉などの課題は、地域独自のもの扱いではなく広域行政として別の軸で両立させることで、ホームレスや日雇い労働者などの問題も解決していくべきものではないか。

アンバランスな基盤の上に建つ「西成特区構想」

橋下・維新は、「都市問題としての広域的な課題」「地域住民の生活環境」「あいりんを西成区と同一視されることによる風評被害」の区別を全くつけていない。「あいりんでの現象を“西成区”と結びつけるような形で矮小化する」という発想で、「西成特区構想」を打ち出した。

これは大阪市の行政では、1990年代までに否定された発想を蒸し返したことになる。また一部の「あいりん支援団体」の発想と同じ視点に立っている。

「あいりん」と「西成区」を混同することは、課題を曖昧にさせ、地元地域の環境改善にも役立たず、「西成区」全域への風評被害を強化させることになる。

橋下・維新は、「自分たちが一からあいりん対策をおこなった。それまでの市政は何もしなかった」とデマを流しながら「西成特区構想」を掲げた。

しかし、あいりんとされる現象が顕著に現れている地域での地域環境改善については地域での長年の地道な取り組みがあり、前市政までに方向性の基盤が作られた。「西成特区構想」での維新の主張とは矛盾する部分もある。

地域住民の取り組みの成果の「おいしいところ」だけは横取りしたい。しかし「西成=あいりん=ガラが悪くなければ都合が悪いという遊び道具にする」「あいりんの課題を『西成区』に押しつけて、西成区全域を“特殊地域”呼ばわりすることで課題を曖昧にさせ温存する」という、一部「あいりん支援団体」の発想と共通する意図も同時にある。

したがって、「西成特区構想」なるものは出発点から矛盾を抱え、相反するものを同時に掲げる不安定さの上に成り立っているということになる。

地域住民のこれまでの長年の取り組みを「つまみ食い」する一方で、長年の地域住民の思いを反故にするようなおかしな地域ヘイト意識も同時に掲げることで迷走する、そういう形になっている。

地域の人の要望に沿った地道な街づくりは、あいりんとされる課題が現れている地域でもそうでない地域でも、行政上の西成区でも西成区以外でも、特別視することなく、地道に進めていくべきもの。地域の人の街づくりの取り組みはていねいに進めながら、「西成」の地名を「何かおかしなものの代名詞」扱いでの遊び道具にするという維新や一部「あいりん団体」の策動をさせないような取り組みも両立させる必要があるのではないだろうか。