「あいりんのイメージを西成区全体にかぶせる」のは許しがたい

西成特区構想での有識者提言を受け、風評被害の報道もされている。辻淳子大阪市議(維新)のツイートより。

このツイートの範囲だけを見れば、特におかしなことは言っていない。

「あいりん」と「西成区」を同一視されることによる西成区への風評被害の解決を求めるためには、辻市議のような状況把握は、党派や思想信条を超えての当然の認識である。

当サイトでは、維新大嫌いだといえども、この発言自体は正当なもの、当然の事実として扱う。

勝手に「特殊地域認定」されてゴチャゴチャ騒がれるのではなく、「地域の人が普通に暮らす街」という認識から出発することが重要である。

実際に西成区は、お隣の住吉区・住之江区・阿倍野区と町並みは連続していて、大阪市内どの行政区とも全く大差ない「普通の人が普通に暮らす街」である。「あいりんに関係する一部の現象をセンセーショナルに言い立てること」を西成区扱いされるいわれはないし、そういう扱いをされること自体が許しがたい。

「西成」の地名は、「あいりん」と同一の地理範囲を指すものではない。そもそも「あいりん」は特定地域の地名・地理的な概念というよりは「大阪の都市問題としての社会現象を示す名称」といった方がいい。現在あいりんの枠でくくられる課題が噴出しているのは、行政上西成区に入っている地域である萩之茶屋地域周辺がメインとなっているが、別に「西成区固有の問題」ではない。歴史的過程のいたずらで近年はあの地域で噴出しているだけで、歴史的には現在の浪速区から移ってきたものでもあるし、「西成区」にこだわる必要もなければ、浪速区やその他の地域には関係ないというわけでもない。

例えば、西成区をあいりんと同一視してヘイトし続ける急先鋒の維新市議・井戸正利の、都島区の自宅を取り囲むように「あいりん」が移動したところで、現実世界では歴史上のいたずらでそうならなかったというだけで、都市問題としては仮にそういう大移動が起きても何の矛盾もないわけなのである。

たまたまあそこで現れているだけで、どこに現れようが広域の都市問題として対応すべきもの。「西成区の土地柄」に矮小化すべき問題ではない。

ましてや、「西成」は「あいりんでのセンセーショナルな現象の別称や蔑称」ではない。

13世紀に住吉から移住した人が開拓し、中世には環濠集落として発展し、江戸時代には木綿や蔬菜の産地となり、大坂と堺に挟まれた地域ではもっとも豊かな財政を持つ村の一つとなった玉出。

玉出の支郷として16世紀に集落ができる形で、紀州街道沿いに発展した街・天下茶屋。良質の水が湧き出たことから、武野紹鴎や千利休・織田有楽斎といった茶人にもゆかりがあるとされ、豊臣秀吉がこの地でお茶を飲んで休憩した故事から地名がつき、明治時代には郊外住宅地となった街。

17世紀の江戸時代初期以降新田開発がおこなわれ、20世紀初頭以降は工業地帯となった津守。

大正時代には大阪市街地の膨張で、当時の大阪市域に隣接する旧今宮町の中心部となり、都市部へ通勤する人の住宅街として人口増加し、また津守方面の工場への通勤者でも賑わった花園町。

そして1950年代以降、従来は玉出(旧玉出町の中心)と花園町(旧今宮町の中心)の二極に分かれていた行政や公共機関の中心部が集中するようになった街、岸里。ザ・タイガースの駆け出しの地であり、また大フィル会館が置かれるなど音楽にも縁が深い街。ノーベル賞学者福井謙一博士が幼少期を過ごした街。

これらの現在西成区に属している地域を、あいりんと一緒にされるいわれはない。

「あいりんのイメージを西成区全体にかぶせる」ことが不愉快だし、うんざりしてきた――当方もその点に関しては全く同じ認識である。

だからこそ、「あいりんのイメージを西成区全体にかぶせる」行為を繰り返して西成区を地域差別する維新は許せないという認識に立つ決定的なきっかけとなったし、「維新の西成区ヘイト」に関するブログエントリを、気づけば何本もアップすることになった。

辻市議がツイートで主張しているような思いとは相反する言動を繰り返している維新に、なぜ辻市議や西成区の維新組織が加担しているのかという疑問を感じている。

辻市議のツイートそのものに「差別的」と噛みつくのは筋違い

辻市議のツイートについては、「維新信者」が批判するケースも見られる。逆に維新大嫌いの当ブログが「文面だけはその通り(しかしそれなら、この人が維新にいること自体が矛盾では?)」と見なしている。単純に「維新信者」「反維新」では分けられない状態になっている。

このねじれは、維新がどうこうというより、「西成区に土地勘がある人」と「そうでない人」、場合によっては「あいりんの変な現象を故意に西成呼ばわりして平然としている人(これは維新信者にも自称「反維新」の一部にも両方いる)」からくる認識の違いではないかと思われる。

ツイート批判については、「西成区差別の解消を訴えながら、あいりん差別をしている」という論旨が多い。

例えばこれ。上西小百合・前衆議院議員。

上西氏個人を批判するつもりではなく、「よくある誤解」の事例として例示した。他のツイッターアカウントからも、維新信者・「反維新」を問わず、同様の内容のツイートはいくつか見受けられた。

このような西成区外の人からのよくある誤解を解く必要がある。

あいりんの人を「弱者・困難な立場の人」・またあいりんを「そういう人が集住する困難な地域」として特別視することと、「西成区とあいりんは同一概念」という誤解とが結びつき、西成区を特殊地域と扱うことになってしまう。

都市としての広域課題であり、また他地域が流入者を送り込んだことで生じた問題。そして元の地元地域の住民は、街が「乗っ取られた」形で苦しむ。そして直接被害を受けている地域だけでなく周辺地域も、たまたま同じ行政区になっているというだけで、否定的な現象の別称・蔑称として自分たちの街の名前が勝手に使われて、行政区全域がややこしい地域かのような風評被害で苦しむ。

そして西成区の住民や関係者が地域環境改善・向上や風評被害の解消を求めて声を上げると、「自分たちは知らない。あいりんは西成区にあるから西成区だけの問題として、西成区があいりんを引き受けろ。西成区の話だろう、ホームレスが公園を占拠していようが衛生環境が悪化しようが不法投棄が増加しようが、他地域には関係ないし自分たちの街で引き受ける気もない。西成区の住民は文句を言うな。西成区の住民が街づくり・地域環境について声を上げることは、ホームレスや生活保護者などいわゆるあいりん住民への差別だ」といわんばかりの中傷を受ける。

こういう論旨は、西成区の住民や出身者、西成区で仕事や商売をしている・していた経験があるなど、西成区の地域に縁がある人から見れば、踏んだり蹴ったりである。

西成区が「特殊な街」でないと不都合だと一方的に決めつけられているかのようなことこそが、むしろ差別的に映るという気がしてならない。

あいりんはあいりんであって、西成区とは別概念であるにもかかわらず、それを指摘しただけで差別者呼ばわりされるなど、それこそ差別ではないか。

これでは、橋下徹や維新の「西成特区構想」での西成区への地域ヘイトの手口と、同じ方向に向いてしまうという気がする。

ホームレス問題や生活保護制度については、行政側の対応が不十分な点は否めないし、それについては広域的な都市問題として別途対応が必要ではある。しかし「地域住民=強者・差別者かのような間違った構図に押し込めて一面的に扱う」という極端な方向性に進むことは誤っている。

「西成区の一般住民があいりん住民を差別している」と描くのは筋違い

西成区選出の歴代市議は、大枠では辻市議と同じような認識に立っている。大阪市会の議事録より。

 あいりん地域も釜ケ崎も、大阪の釜ケ崎という報道をしてもらいたい。何にも罪のない西成区民が、この地域のためにどれだけ金を使い、どれだけ労力を使って、しかもそれを厚い、厚い愛情をくるめて努力をしてくるにもかかわらず、なぜ我々が汚名を着なければならないんだろうか。
(1994年3月18日民生保健委員会・辻昭二郎市議〈当時〉)

日雇い労働者に関しての偏見というものは断じて許されるものではございません。ところが、あいりん対策、西成区のあいりん、何か西成区民とあいりんとが同じように錯覚をしておられるのが遺憾であるわけでございまして、西成区は西成区民のためにあるのでございまして、日雇い労働者のために西成区が占拠されてはいけないわけです。
(1996年3月19日財政総務委員会・柳本豊市議〈当時〉)

私は西成区で生まれ育ちまして(中略)西成区というところ、これは都会の中心地にありながらとにかく物価が安い、ほんで住みやすい、しかも人情が温かい、これが大体セットで我々が語っている西成区なんです。(中略)そこで問題は、あいりん地域だけと違うて西成区の現状について、いろんな課題もありますけども、今も言いましたように西成区のいいこともあるので、そういう西成の現状についての認識というか、そこはどうでしょうか。
(2012年1月29日決算特別委員会・尾上康雄市議)

あいりん地域の課題は、これは西成区の問題ではありますけども、西成区があいりん地域をつくったわけではないということははっきりしておきたいんです。市長がよく言われる広域行政によってこのような地域ができ上がったというふうに思うんです。ですから、国や府・市が連携して課題解決に努力をするのは当然でありまして、ただ西成区にえこひいきをするというような政策ではないというふうに私は思います。
(2012年10月31日市政改革特別委員会・尾上康雄市議)

あいりん総合センターのあり方については西成区単独の問題ではなく大阪市の問題でありまして、大阪全体の課題でもあり、ひいては日本全体の問題でもあると考えております。この課題について特定地域に限定して今後のあり方を検討することというのには違和感がございます。現実的には大きく時代が変化しておりまして、日雇い労働市場に変化があるにせよ、現在の労働センターの位置を中心として建て替え先を検討しなければならないということは理解できますけども、議論の結果、最終的に西成区内に建て替え地が設定されるということがあったとしても、そもそも議論の土壌として西成区外を考えない、想定しないというような前提に立って議論を進めることに対しては違和感がございます。JRの路線を越えた浪速区側でも、これ周辺地域と考えることは全然不都合というか、違和感は逆に言うとないと思いますし、せめてエリア設定としては新今宮駅周辺という捉え方をすべきであると考えますが、いかがでしょうか。
(2014年9月16日財政総務委員会・柳本顕市議〈当時〉)

これらの地元住民の声を、「西成区民によるあいりん敵視・排除」という、単純で皮相的な見方に押し込めるべきものではない。

西成区の地域・地名を「あいりんの枠でくくられる現象や、そういう現象に関係する一部の人だけ」という認識に押し込めてはならない。そういう矮小化をおこなうことで、「あいりん」の課題についても曖昧になり、「西成区」にもおかしな風評被害が出て地域の街づくりに影響が出る。

ホームレスや労働・社会福祉の問題などは、特定の小学校区1つ分程度・数百メートル四方の地域や行政区としての西成区にすべてを押しつけるのではなく、西成区の地元地域の住民に不利益・犠牲を与えたり住民を蔑視する手法でおこなうのではなく、市・府・国の広域課題として、地域住民にとっての生活環境の課題と両立させながら、並行しておこなっていくべきものである。

「西成特区構想」では、地元住民のこれまでの粘り強い取り組みを無視できないからといって住民や前市政までの取り組みの成果を横取りしようとするような流れもあるが、本質的には「西成区」と「あいりん」をごっちゃにすることで課題を曖昧にさせ解決に逆行し、風評被害を拡大する恐れの方が強い。

もっとも、あいりんでの課題の解決については継続的に取り組んでいくべきものであるが、特区特区と何か特殊地域扱いでネガティブイメージを定着させて騒ぐのではなく、住民の要望を踏まえながら静かにしていくべきものではないか。

例えば西成区から見てお隣の地域にあたる浪速区大国町周辺の違法風俗一掃問題では、街づくりの課題として地道に取り組んできた。「大国町だから」「浪速区だから」と土地の名前に特別な意味を持たせることや、特殊な地域だ・ガラが悪くなければしょうがないと街の名前を前面に出しておかしな宣伝をされることはなかった。そういうおかしな宣伝などありえないのが普通なのに、西成区に関してはあいりんの現象を西成区全域に置き換えて「西成」を何かおかしな特殊現象の代名詞扱いして騒ぐのはおかしい。

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