維新的思考の本質:維新を理解しない一般市民に問題がある的思考

元維新府議で、2017年の堺市長選挙に出馬して落選した永藤英機氏のツイート。

なんだか、いろいろな錯誤(試行錯誤ではない)がある様子。

政治家復帰は考えていないとしながら、政治に未練を残しているような発言をしていることは、特に問題視する気はない。政治は政治家だけのものではなく、市民のものなので、政治家という形で関わらなくても市民としての関わりは必要になってくる。一市民としての発言までするなとまでは言えない。

それはともかくとして、永藤氏の主張には、永藤氏個人の考え方にとどまらず、維新に共通する考え方を感じた。

そもそも永藤氏や維新の考え方が「正しい」のか、「妥当」なのか、その根源から追求する必要がある。

維新は「古い制度を壊して新しい制度を作る」とばかりの主張をおこなう。

一般的にいえば、住民生活にとって現状に合わないような古い制度は、適宜修正していく必要はあるだろう。

しかしその一方で、その掲げる改革自体が必要かという必要性の是非、また改革を主張する場合はその主張の方向によって他のところに重大なしわ寄せがくることはないのか、などの検討が必要になる。問題点を慎重にシミュレーションし、不利益や不具合の出現可能性を可能な限りつぶし、不利益や不具合をできるだけ未然に防いでいく必要もある。

しかし維新は、とにかく「改革」を掲げればいい、自分たちのいうことを聞けとばかりに、「改革」の内容や方向性について重大な問題点を指摘されても無視、理解していない愚民が悪いとばかりの態度をとる。そして「改革」を押し切った末に、混乱させるだけであちこちで失敗している。

永藤氏のツイートにも、そういう匂いを感じる。