「反差別」・人権運動が立つべき立場

フランスで「反差別」を偽装しながら、「白人を吊せ」などというとんでもない人種差別的ラップをおこなったのが、「差別主義者・ヘイト」として問題になったという。

人種差別やあらゆる差別は、誰が誰にやっても問題である。

マイノリティや被差別者・被抑圧者の立場になりがちな特定の属性を振りかざしながら、その属性はいついかなる時も絶対的弱者だ、「弱者属性」と異なる「属性」を持つもの・自分たちの言いなりにならないものは一律に差別するとばかりの誤った「反差別」運動もよく見られる。

こういった「反差別を偽装した差別」にも、古典的な意味での差別と同様、厳しい批判の目が向けられるべきである。

上記で引用したツイッターでの問題意識、当方もかねてからそのようなことを考えている。

日本でも、部落解放同盟の「部落排外主義」的な朝田理論。差別解消を表向き訴えながら、意に沿わない相手には暴力やつるし上げでの糾弾を繰り返す。学校を取り囲んで教職員をリンチする「八鹿高校事件」も起き、また役所を取り囲んで首長や職員を恫喝したり暴力を振るう行為もあった。行政の窓口を一民間団体である解同が乗っ取って、「同和地区」とされた地域で解同の意に沿わない住民には行政サービスを受けさせない「窓口一本化」での思想差別もあった。

また「ツイフェミ」とも言われるようなツイッターでの過激な自称「フェミニスト」による「自分の意に沿わない指摘を受けただけで、指摘の内容に性別の属性・要素など何の関係もなくても、自分や自分の支持する人物が女性というだけで、ないしは指摘を出した人物が男性というだけで、女性差別だと言いがかりを付けて相手を攻撃して当然」という男性差別・男性蔑視(最近だと、熊本市議の騒ぎを擁護するものの中に、その手の「当該市議は、女性差別・女性蔑視が根底にあって他議員からいじめを受けている」と想像豊かな前提を作って正当化するのが目立つ)。本来の意味でのフェミニストではなく、むしろ旧来の封建的な家父長制パターナリズムをベースにして「男だから無条件に女を守れ、甘やかせ、言いなりになれ。それが男女平等」と強要するような形でジェンダー・ロールを押しつけ、また「フェミニズム=女に甘い男、女だから無条件に甘やかされる」という間違った俗物的な定義を強化する、ジェンダーハラスメントの役割でしかないが。

上のツイートで「金玉をどうこう」というのは、「男の金玉をつぶせ」とツイッター上で過激な言動を繰り返した「ツイフェミ」のことを指していると思われる。

いずれも、特定属性を「絶対的弱者」属性と認定し、自分の意に沿わないことはすべて差別だと脅したり、暴力的な攻撃を加えて当然、また自分と異なる属性にはその属性だけで差別して当然とばかりの振る舞いをするもの。反差別を偽装した差別主義者である。

こういう「反差別」では、運動が先鋭化、暴力化するだけで、逆行になる。

実際に日本でも、反ヘイト運動に参加していた人が、中心グループの意に沿わないと見なされて集団暴行を加えられた事件も発生していると聞く。

そういう暴力至上主義の質の悪い連中は排除しなければならないし、運動そのものについてもそういう暗黒面に落ちていないか常に自己点検をしていく必要がある。