〈橋下的なもの〉とその超克のために

 香山リカ『橋下市長個人にではなく〈橋下的なもの〉に感じる違和感。本当に必要なのはリダンダンシーのある社会ではないか』を読んだ。
 精神科医・香山リカ氏による考察。
 メディアを通じて連日報道されている橋下徹大阪市長の言動。政治姿勢に対しては識者から違和感や批判が語られることも少なくない。香山氏も批判的な立場の一人。


 香山氏が懸念を感じているのは、以下の点だという。

「物事を何でも極端に白黒にわけて、黒はダメと一刀両断に切り捨ててしまう」
「自分に対する反対意見を徹底的に論破して否定し、多様性を認めようとしない」
 一方で、世間では「スピード感がある」「はっきりしている」という肯定的な評価もあります。しかし、切り捨てられる側のことを考えると、私としては、明瞭さやスピード感を素直に評価することはできません。
 現代社会では、これほど〈橋下的なもの〉が支持される。あるいはその「風」に乗って、橋下さんがさらに〈橋下的なもの〉を尖鋭化させていくのではないか。私は、その「現象」に危惧を覚えているのです。

 香山氏の問題意識は、橋下氏個人の精神的な傾向や政策的な問題というより、橋下氏のような態度が大衆的に支持される社会風潮を〈橋下的なもの〉として、社会病理として位置づけている点にある。
 「会ったこともない人を精神病呼ばわりしている」と言う橋下氏から香山氏への反論についても明快。会ったこともない個人に対して精神科医として診断を下すことはできないし、したこともないと指摘した上で、「そういう人が登場してきた背景に存在する社会現象を通じて社会を読んだり、時代精神を読んだりしているのです」と述べている。
 香山氏は〈橋下的なもの〉に対置する形で、公開討論で勝ち負けを競うことには意味がないこと、社会には効率化だけではなくある種のリダンダンシー(冗長性)も必要ではないかと論じている。
 香山氏が指摘するところの〈橋下的なもの〉、別に橋下徹氏個人に限ったものではなく、社会に広く蔓延してしまっている傾向なんだろうなと感じる。
 学校でのいじめ、職場でのパワハラなどもある意味〈橋下的なもの〉であろう。
 また、以前個人的に「反橋下」系のある運動団体にかかわっていた。しかし一部の役員に〈橋下的なもの〉の傾向が見られ、まるで橋下氏そっくりの言動で、意に沿わない会員を個人攻撃し排除していたという悲しい例も知っている。…もちろんその団体そのものを攻撃するとか批判するつもりはなく、〈橋下的なもの〉はどこにでも生まれるのだなということが言いたいだけである。批判すべきは〈橋下的なもの〉と、それを是として振りかざす者である。
 〈橋下的なもの〉、すなわち、自分の意に少しでも沿わないものはダメと決めつけて、相手を徹底的に攻撃して否定して切り捨てるという手法は、一時的に成功したとしても、長期的にみれば社会的には大きな損失である。〈橋下的なもの〉を乗り越え、個人の思いや立場が尊重され、異なる立場の者にも寛容な社会を作っていかなければならない。