論争的な人たちのアポリア

考察

 内田樹氏(哲学者)がtwitter上で興味深い指摘をしていた。

(2012/1/25)
論争的な人たちのアポリアは「論敵が知的に不調であることから利益を得る」モデルを採用していることです。このモデルが一般化すると、人々は集団構成員の自分以外の全員が自分より愚鈍であることが利益を最大化することだということに気づきます。
「万人が隣人が自分より愚鈍であることを願う社会」が論争的な社会の実相です。そのような社会が知的に生成的なものたりうるということを僕は信じません。(後略)


 アポリアとは「難問」とか「論理的難点」とかそういう意味。論争的な人たち――おそらく「自分の主張を一方的に押しつけたがる人たち」と読み替えてもいいのだろう――は、自分の主張を押しつけるためには、相手が自分よりも劣っていなければならない。それが論争的な人たちにとっては、自分自身が利益を最大化する道となるという指摘。
 「相手が自分よりも劣っていなければ自分が引きずり降ろされる」ということから、そのためには相手を引きずり降ろして「劣っている」というレッテル貼りをしなければいけなくなるということにもなる。こういう「論争的な人」の行き着く先は、相手の立場を尊重するとかの発想はなく、敵か味方の二分法しかない究極の競争社会であろう。
 では、こういう実情を超克するためにはどうすればいいのか。内田氏は論争に代えて「懇請」を提唱している。
 内田氏の指摘は、短文ではあるが、深い含蓄を含んだものとなっている。

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